「障がい」を考える小委員会

このホームページは、すべての者が、主イエスが与えてくださった愛に生かされるために、そして、生きて行く上で、それぞれの「障がい」を理解し合うために、諸教会が実際に行なっておられる取り組みやアイディアをこのホームページで分かち合えることを願い作成されました。

「障がい」に関して、よりよい取り組みやアイディアがあるという方は、メールでお知らせください。

また、このトップページの後半には、「障がい」に関するエッセイ等を随時載せていきますので、ご覧ください。

メールアドレス shogai-c@uccj.org

 日本基督(キリスト)教団 「障がい」を考える小委員会

 委員長:堀 眞知子(瀬戸キリスト伝道所牧師)書 記:森田恭一郎(河内長野牧師)

 委 員: 吉澤 永 (愛知教会牧師) 小友睦(二戸教会牧師)

     北村智史(東京府中教会牧師)

   幹 事:大三島義孝

便利なアイテムの紹介~ 礼拝の説教が聞き取りにくい方への便利なアイテム ~

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高齢者、障がいのある人、病者のための電話礼拝の紹介
~南大阪教会での取り組み~

 ~エッセイ~

私も傷ついた癒し人」      小友 睦

私の仕える教会は自然に囲まれて、休日は(時には休日外でもこっそりと)山登りをします。自然の中で色んなことを考えます。それは現実逃避と思われるかも知れません。でもこういう中で育った私には心のリセットとリハビリの時です。私の仕える教会はこの地域で教会と教会員が幼児保育としょうがい者自立支援をしています。そういう事情もあり精神しょうがいの方がいます。この地で教会に長く暮してきた方でも心の病で日々苦しむのです。それは霊的な渇きでもあるのです。「深夜はダメですよ」と念を押しても電話で、ヨナのようにぶちまける方もいます。そんな方に聖書の説明だけでは平安に導けない。できる限り誠実に向き合おうとしますが、時には怒って言ってしまうこともあります。ある精神に病をもつ方に「神様はあなたをいつも愛されていると言うけど、どうして私はこんなに辛くならないといけないのですか」「神様は私のことなんてなんとも思っていない」「もう生きる意味は無い。死にたい」と延々と不満をぶつけられました。私は聞くしかありませんでした。返す御言葉が思い付かず、とっさに「あなたはそういう渇きを神様にぶつけられるほど神様と向き合って来たのですね」「そういうように神様と直接対話できるあなたは私にはない、とても勇気をもっているんですね」「そういうあなたこそ神様は捉えていて離さないことが私にはうらやましくもあり、誰よりも神様に近いんだよね」と言いました。すると「私はノーベル賞を取るまで神様から離れないと約束します」、私は「その道は大変かも知れない」、すると「死ぬまで頑張ります」、「でも死んだらだめだね・・・」それまでは緊張の時でしたが和やかな会話になりました。その言葉を聞いて、私自身が心傷ついていたのを、ここに来てほんと良かったと思いました。正直言うと、説教ができず、悩み考え込んでいる土曜の夜に電話で何度も中断されるのは、牧師にとっては我慢の限界を超えます。でもそこで(自然の中で)冷静になって振り返ると、ただ聖書の文言や教理を理解することに時間を費やすよりも、現実に生きる人々との交流、対話の中から、寧ろ目の前にいる人に語るに相応しい言葉が発見されることに気付くのです。神は人の予想や常識を超えた方法で御業を示される。改めて「荒野でエリヤがカラスから食べ物を与えられた」出来事(列王記下17章2-6節)を思い知らされました。

人は皆、神様の栄光を現す器

北村 智史

「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。『ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。』イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』」

(ヨハネによる福音書913)

 

先日、真ん中の子どもに重度の障がいを持つある母親の手記を読みました。彼女はこの手記の中で、この真ん中の子どもについて、「この子の人生は、一体何なのか。人間としての喜びや悲しみを何一つ知ることもなく、ただ空しく過ぎてゆく人生など、生きる価値もないではないか」と考え、一緒に死のうとした日々があったと告白しています。けれども、ある時、長男が「お母さん、由紀乃ちゃん(※真ん中の子どもの名前)は、顔も、手も、足も、お腹も、全部きれいだね。由紀乃ちゃんは、お家のみんなの宝物だもんね」と言って、真ん中の子どもを頬ずりするのを見聞きして、彼女はハッと気付かされたと言います。人の命を役に立つ、立たないという一つの物差しだけで計っていた自分の愚かさを。「絶対者の目から見たら色々な見方がある。私たちの一つの都合の目で見ても、しょせんそれは絶対的なものではないのだ」ということを。「人は存在そのものに意味がある」というこの事実に、彼女は気付かされたのでした。

彼女のこの気付きは、今の私たちにとってとても大切です。あの「津久井やまゆり園」の事件を起こした犯人は、「障がい者は役に立たず、精神的にも肉体的にも経済的にも、周囲の者に、また社会に負担をかけるだけの存在だ。そんな障がい者は安楽死させるべきだと考えて犯行に及んだ」といった趣旨のことを語っていましたが、世の中に切り捨てられて良い人など、誰一人として存在しません。能力とか、そういったものに関係なく、神様にとってはすべての人がかけがえのない大切な存在であり、この上なく愛しい存在です。先程の母親の話が示してくれているように、私たちは人の命を役に立つ、立たないといった一つの物差しだけで計ることはできません。神様の目から見れば、すべての命が御自分の栄光を現すかけがえのない器なのです。

イエス様は今からおよそ2000年前に、障がい者について、「この人がこのようになったのは、神の業がこの人に現れるためである」と言われました。私たちは、たとえ聖書に書かれてあるように奇跡的な力で障がい者が癒されなくても、その人の命を輝かせる「神の業」が確かにその人の上に現れていると信じます。けれども、神様のその業は、人の命を役に立つ、立たないといった物差しで計ろうとする目では決して見ることはできません。「人は存在そのものに意味がある」、「人は皆、神様の栄光を現すかけがえのない器である」。このことをいつも忘れずにいたいと思います。

「主イエスと出会う」                    堀眞知子 

女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」  ヨハネによる福音書4章25,26節 

 イエス様はユダヤからガリラヤへ行く途中、サマリアのシカルの町にあるヤコブの井戸に着き、そこに座っておられました。そして水を汲みに来た女性に「水を飲ませてください」と言われました。イエス様と女性の対話が始まります。その対話の中で、彼女の心に少しずつ変化が起こりました。彼女の閉ざされた心は開かれ、イエス様のことを知らせるために、急いで町へ引き返して行きました。ここでは、目に見える具体的な変化は何もありません。彼女の家のそばに泉が湧き出たのでもなければ、彼女が共に暮らしている男性が正式の夫になったのでもなければ、町の人から温かく受け入れられたのでもありません。イエス様が、彼女の満たされない、渇ききった心に向き合われ、彼女の心に「永遠の命に至る水」を与えられました。

私の夫は躁鬱病とアルコール中毒で精神障害2級です。また難聴による身体障害4級です。彼はアルコールを飲んで倒れ、死の直前まで行った時、主イエスと出会いました。アルコールを飲まなくなって32年、躁鬱病も14年前から飲み始めた薬により、入院していません。けれども、躁鬱病とアルコール中毒そのものが治ったのではありません。その他にも、いくつかの病気を抱えています。主イエスと出会っても、病気は癒されません。しかし、彼はアルコールに逃げる者から、自分を受け容れることができる者へと変えられました。主イエスと出会うことによって「永遠の命に至る水」を与えられ、渇きが癒されたからです。

 問題や悩みが解決すること、病気が癒されることは一時的な救いにはなるでしょうが、永遠の救いにはなりません。ただ一つ、主イエスと出会う。この事実が夫の人生を変えました。

 

「土の器に納められる宝」    吉澤 永

「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために」                  コリントの信徒への手紙 二 4章7節

 私は父が牧師で、教会で生まれ育ちました。父は福音を語り、弱い人に仕え、奉仕するために勤しんでいました。母も父と一緒に教会に仕え、祖父の介護をして、同時に、子育てをしました。しかし、家族には次々と試練が襲いました。

私は2歳の時、生死の境をさまよい、九死に一生を得ました。病気ばかりをして母はつきっきりで私の看病をしました。元気になったら交通事故に遭い、小学校の入学式にも出られませんでした。兄は父からの期待に応えようとして、無理に無理を重ね、心も体も壊れてしまいました。はっきりとした病名はつかないけれども、何も出来ない日々を過ごし、ひたすら自殺だけを踏みとどまる歩みを強いられました。 姉は学校でいじめに遭い、不登校になり、家にひきこもりました。その後、統合失調症による幻覚や幻聴に悩まされ、10年以上も精神病院に入院しました。精神障がい者として歩み、同じ苦しみを持つ人と出会い、支え合いながら歩んでいます。母は、教会の奉仕のために疲れ果て、教会の行事のおやつを、寝たきりの信徒の家に運ぶ途中に、バイクの運転を誤り、交通事故に遭いました。退院後も様々な症状に苦しみ、身体障がい者認定を受けたのは事故後8年を経過していました。 

こうやってならべると、不幸なことばかりが起こった家庭に見えます。しかし、だからこそ、私たちはイエス様が共にいて下さる恵みを分かち合い、福音による救いに寄りすがって、日々を生かされています。それぞれに弱さを持った土の器に、福音という宝をイエス様が与えて下さることで、希望を持って歩めることを感謝しています。

 

「色づいた畑」   森田恭一郎

「あなたがたは『刈り入れまでまだ四ヶ月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。ヨハネ福音書4章35~36節

「刈り入れまでまだ四ヶ月ある」この言葉を聞いていろいろな受け止め方があり得ると思います。この畑はまだ収穫できないとがっかりすることも、あと四ヶ月頑張ろうと自らを励ます気持ちになることもあるでしょう。主イエスは「色づいて刈り入れを待っている」とこの畑をご覧になります。

生まれた時から手足に障がいがあるT君がいました。小さい時から教会に来ていました。保育園では周りの友だちとハイハイで競争すると一番早く走れました。プールでも泳げるようになりました。親御さんの働きかけもあってふつうの小学校、中学校に通いました。青年になって障がい者のスポーツ大会に出るようになって、教会のわたしたちに彼が話してくれたことがあります。「僕は障がい者だったんだね。」自分の手足が事実として他の子と異なっていることはもちろん小さい時からわかっているのですが、「障がい者」という視点で自分を見ることはありませんでした。これまであるがままの自分の姿を受け止め、伸び伸びと自分らしく生きてきたわけです。

主イエスにとって、T君のあるがままの姿は色づいている畑の光景です。色づいている!「わたしが十字架にかかって罪を贖う以上は、君は輝くばかりに色づいているのだ」とイエスの十字架への御決意が伝わってくるようです。続く37節で「一人の人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」のことわざを主イエスは引用しておられますが、主イエスおひとりこそが十字架でご自身の命という種を蒔いてくださいました。その十字架の恵みを受けて実った実りを刈り入れるために、主イエスは弟子たちを遣わします。弟子たち(後の教会)は、主イエスのご覧になる光景を一緒に見上げながら、人々を色づいている畑として見守るように招かれます。そして見守られながら、T君も目を上げて輝いて色づいている畑を見上げ、自分をそのように見出しながら成長したのだと思います。end

 

       

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