「障がい」を考える小委員会

このホームページは、すべての者が、主イエスが与えてくださった愛に生かされるために、そして、生きて行く上で、それぞれの「障がい」を理解し合うために、諸教会が実際に行なっておられる取り組みやアイディアをこのホームページで分かち合えることを願い作成されました。

「障がい」に関して、よりよい取り組みやアイディアがあるという方は、メールでお知らせください。

また、このトップページの後半には、「障がい」に関するエッセイ等を随時載せていきますので、ご覧ください。

メールアドレス shogai-c@uccj.org

 日本基督(キリスト)教団 「障がい」を考える小委員会

  委員長:堀 眞知子(瀬戸キリスト伝道所牧師) 書 記:上竹裕子(磐城教会牧師)

   委 員: 吉澤 永 (愛知教会牧師) 森田恭一郎(遠州栄光教会牧師)

       中村英之(熊本城東教会牧師)

   幹 事:大三島義孝

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高齢者、障がいのある人、病者のための電話礼拝の紹介
~南大阪教会での取り組み~

 ~エッセイ~

「主イエスと出会う」                    堀眞知子 

女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」  ヨハネによる福音書4章25,26節 

 イエス様はユダヤからガリラヤへ行く途中、サマリアのシカルの町にあるヤコブの井戸に着き、そこに座っておられました。そして水を汲みに来た女性に「水を飲ませてください」と言われました。イエス様と女性の対話が始まります。その対話の中で、彼女の心に少しずつ変化が起こりました。彼女の閉ざされた心は開かれ、イエス様のことを知らせるために、急いで町へ引き返して行きました。ここでは、目に見える具体的な変化は何もありません。彼女の家のそばに泉が湧き出たのでもなければ、彼女が共に暮らしている男性が正式の夫になったのでもなければ、町の人から温かく受け入れられたのでもありません。イエス様が、彼女の満たされない、渇ききった心に向き合われ、彼女の心に「永遠の命に至る水」を与えられました。

私の夫は躁鬱病とアルコール中毒で精神障害2級です。また難聴による身体障害4級です。彼はアルコールを飲んで倒れ、死の直前まで行った時、主イエスと出会いました。アルコールを飲まなくなって32年、躁鬱病も14年前から飲み始めた薬により、入院していません。けれども、躁鬱病とアルコール中毒そのものが治ったのではありません。その他にも、いくつかの病気を抱えています。主イエスと出会っても、病気は癒されません。しかし、彼はアルコールに逃げる者から、自分を受け容れることができる者へと変えられました。主イエスと出会うことによって「永遠の命に至る水」を与えられ、渇きが癒されたからです。

 問題や悩みが解決すること、病気が癒されることは一時的な救いにはなるでしょうが、永遠の救いにはなりません。ただ一つ、主イエスと出会う。この事実が夫の人生を変えました。

 

「土の器に納められる宝」    吉澤 永

「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために」                  コリントの信徒への手紙 二 4章7節

 私は父が牧師で、教会で生まれ育ちました。父は福音を語り、弱い人に仕え、奉仕するために勤しんでいました。母も父と一緒に教会に仕え、祖父の介護をして、同時に、子育てをしました。しかし、家族には次々と試練が襲いました。

私は2歳の時、生死の境をさまよい、九死に一生を得ました。病気ばかりをして母はつきっきりで私の看病をしました。元気になったら交通事故に遭い、小学校の入学式にも出られませんでした。兄は父からの期待に応えようとして、無理に無理を重ね、心も体も壊れてしまいました。はっきりとした病名はつかないけれども、何も出来ない日々を過ごし、ひたすら自殺だけを踏みとどまる歩みを強いられました。 姉は学校でいじめに遭い、不登校になり、家にひきこもりました。その後、統合失調症による幻覚や幻聴に悩まされ、10年以上も精神病院に入院しました。精神障がい者として歩み、同じ苦しみを持つ人と出会い、支え合いながら歩んでいます。母は、教会の奉仕のために疲れ果て、教会の行事のおやつを、寝たきりの信徒の家に運ぶ途中に、バイクの運転を誤り、交通事故に遭いました。退院後も様々な症状に苦しみ、身体障がい者認定を受けたのは事故後8年を経過していました。 

こうやってならべると、不幸なことばかりが起こった家庭に見えます。しかし、だからこそ、私たちはイエス様が共にいて下さる恵みを分かち合い、福音による救いに寄りすがって、日々を生かされています。それぞれに弱さを持った土の器に、福音という宝をイエス様が与えて下さることで、希望を持って歩めることを感謝しています。

 

「色づいた畑」   森田恭一郎

「あなたがたは『刈り入れまでまだ四ヶ月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。ヨハネ福音書4章35~36節

「刈り入れまでまだ四ヶ月ある」この言葉を聞いていろいろな受け止め方があり得ると思います。この畑はまだ収穫できないとがっかりすることも、あと四ヶ月頑張ろうと自らを励ます気持ちになることもあるでしょう。主イエスは「色づいて刈り入れを待っている」とこの畑をご覧になります。

生まれた時から手足に障がいがあるT君がいました。小さい時から教会に来ていました。保育園では周りの友だちとハイハイで競争すると一番早く走れました。プールでも泳げるようになりました。親御さんの働きかけもあってふつうの小学校、中学校に通いました。青年になって障がい者のスポーツ大会に出るようになって、教会のわたしたちに彼が話してくれたことがあります。「僕は障がい者だったんだね。」自分の手足が事実として他の子と異なっていることはもちろん小さい時からわかっているのですが、「障がい者」という視点で自分を見ることはありませんでした。これまであるがままの自分の姿を受け止め、伸び伸びと自分らしく生きてきたわけです。

主イエスにとって、T君のあるがままの姿は色づいている畑の光景です。色づいている!「わたしが十字架にかかって罪を贖う以上は、君は輝くばかりに色づいているのだ」とイエスの十字架への御決意が伝わってくるようです。続く37節で「一人の人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」のことわざを主イエスは引用しておられますが、主イエスおひとりこそが十字架でご自身の命という種を蒔いてくださいました。その十字架の恵みを受けて実った実りを刈り入れるために、主イエスは弟子たちを遣わします。弟子たち(後の教会)は、主イエスのご覧になる光景を一緒に見上げながら、人々を色づいている畑として見守るように招かれます。そして見守られながら、T君も目を上げて輝いて色づいている畑を見上げ、自分をそのように見出しながら成長したのだと思います。end

「愛はゆだねること、知ること、信じること。」      中村 英之

主は言われた「あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたの老いる日まで、白髪になるまで、背負っていこう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」 聖書イザヤ書46章3~4節

わたしは、心の病のため一日の大半を休んで過ごす妻と暮らしています。そのため度々、わたしは男手ひとつのようにして教会の働きや生活に、また子育てに奮闘してきました。その中で、上記の神の御言葉が、わたしと妻に対して何を教えているのか分かるまでに何年もかかりました。

 それまでのわたしは「なんとか彼女を守らなければならない。守ることが、わたしの彼女に対する愛だ。」と思って、一所懸命がんばってきたのです。でも、そんなわたしの思いがかえって、彼女を縛り付けていたのかもしれません。「主が担い、背負い、救い出してくださる。」主が、疲れたわたしにこのことを分からせてくださった時、わたしの重荷はすごく軽くなり、わたしは平安に満ち、魂に力が湧いてくるのを感じました。わたしはこの言葉に立ち、主にすべてをゆだねることにしました。

 わたしがどんなに守ろうと努力しても、彼女を本当に守ることは出来ません。わたしは主こそが彼女を守ってくださっていることを信じ、信頼して主にゆだねたのです。そして、わたしがなすべきことは、彼女をただ愛すること、大切にすることだと分かりました。そして、愛するとは、なんとか守ろうとすることではなく、知ることと信じることだと、わたしは思っています。すなわち彼女のことをもっと知ること、そして、彼女のことをもっと信じることこそ、わたしには必要だったのです。

 今現在、彼女はかなり良くなってきました。それは夫である私自身が、主にゆだねて、素直に生きるにしたがっているように見えます。end

       

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